千葉地方裁判所 平成9年(行ウ)38号 判決 1999年1月29日
千葉県市原市平田五六一番地一
原告
株式会社カワイ住宅
右代表者代表取締役
川井清雅
右訴訟代理人弁護士
秋山泰雄
同
上出勝
千葉市中央区蘇我町一丁目五六番地の一
被告
千葉南税務署長 前﨑善朗
右指定代理人
田中芳樹
同
須藤哲右
同
神作昌嗣
同
田邉俊一
同
光吉正博
同
杦田喜逸
同
佐藤宣弘
主文
一 原告の請求を棄却する。
二 訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
第一原告の請求
被告が平成七年一二月五日付けでした原告の平成元年四月一日から平成二年三月三一日までの事業年度の法人税の修正申告についての更正の請求につき更正をすべき理由がない旨の通知処分を取り消す。
第二事案の概要
一 証拠(甲一ないし六、乙一、二)及び弁論の全趣旨によれば、次の事実が認められる。
1 原告は、建築業等を営む会社である。
2(一) 原告は、その平成元年四月一日から平成二年三月三一日までの事業年度(以下「本件事業年度」という。)の法人税について、平成三年七月一九日、欠損金額を二九八〇万〇六二七円、納付すべき税額を零円とする確定申告書を被告に提出した(期限後申告)。
(二) 原告は、平成五年八月二六日、東京国税局の査察調査を受け、帳簿書類を押収された。
(三) 原告代表者川井清雅は、平成七年三月三日、法人税法違反罪により千葉地方検察庁検察官に逮捕され、勾留されて、同月二二日に起訴された。
(四) 原告は、平成七年四月二五日、本件事業年度の法人税について、その所得金額を二億五九八一万三九二四円、納付すべき税額を一億六七三八万〇五〇〇円とする修正申告書(本件修正申告書)を被告に提出した(本件修正申告)。
(五) 原告代表者川井清雅は、平成七年五月三〇日、保釈許可決定により釈放された。
(六) 原告代表者川井清雅の弁護人は、検察官に対し、押収にかかる帳簿書類の謄写を申請し、平成七年八月一四日及び同月二三日、その写しの交付を受けた。
(七) 原告は、平成七年九月二二日、本件修正申告について、その所得金額を二七四一万七五三四円、納付すべき税額を一二七五万五三七一円とすべき旨の更正の請求をした(本件更正の請求)。
(八) しかし、被告は、平成七年一二月五日付けで、原告に対し、更正をすべき理由がない旨の通知(本件通知処分)をした。
その理由は、本件更正の請求が国税通則法二三条一項に定める「法定申告期限から一年以内」になされていないことにあった。
(九) 原告は、本件通知処分に対し、平成七年一二月一四日、被告に異議の申立てをしたが、平成八年三月一三日付けでこれを棄却された。
(一〇) 原告は、平成八年四月一一日、国税不服審判所長に審査請求をしたが、平成九年五月一五日付けでこれを棄却された。
二 原告の主張
被告は、本件更正の請求が本件事業年度の法人税の法定申告期限である平成二年五月三一日から一年以内になされていないとして更正をすべき理由がない旨の本件通知処分をしたが、違法である。なぜなら、原告の本件更正の請求は本件修正申告にかかる課税標準及び税額についてなされたものであって、それ以前になされた申告について更正の請求をしたものではなく、そして、本件修正申告書を提出した当時原告はその帳簿書類を押収されていて、課税標準及び税額を計算することができなかったからである。原告は、その後、その写しの交付を受けたことにより課税標準及び税額を正確に計算することができるようになり、その誤りを発見した。これは、国税通則法(以下「法」という。)二三条二項三号・国税通則法施行令(以下「施行令」という。)六条一項三号に該当するものである。そうとすれば、本件修正申告についての請求は帳簿書類の写しの交付を受けた平成七年八月二三日から二か月以内になせば足りるのである。
三 被告の主張
本件通知処分は適法である。その理由は次のとおりである。すなわち、法二三条一項は更正の請求をし得る期間を法定申告期限から一年以内と定め、その例外として、同条二項は、右一年が経過した後であっても一定の事由が発生した場合にはなお更正の請求をなし得るものとし、その一定の事由の一つとして、同項三号は「その他当該国税の法定申告期限後に生じた前二号に類する政令で定めるやむを得ない理由があるとき」と規定し、これを受けて、施行令六条一項三号は、やむを得ない理由の一つとして、「帳簿書類の押収その他やむを得ない事情により、課税標準等又は税額等の計算の基礎となるべき帳簿書類その他の記録に基づいて国税の課税標準等又は税額等を計算することができなかった場合において、その後、当該事情が消滅したこと」と規定しているが、この「帳簿書類の押収」は、法定申告期限内に生じていることが必要だからである。なぜなら、法二三条一項の場合において、たとえ確定申告後に修正申告がなされ、その後、この修正申告にかかる課税標準等又は税額等について更正の請求がなされたとしても、その更正の請求が法定申告期限から一年以内になされていない限り、その更正の請求は不適法なものとなるのであって、この趣旨からしても、法二三条二項三号・施行令六条一項三号の場合においては、「帳簿書類の押収その他やむを得ない事情」は法定申告期限内に生じたものでありかつ申告者の責めに帰すべき事情でない事情により生じたものであることが必要であると解すべきだからである。したがって、帳簿書類の押収が法定申告期限(平成二年五月三一日)前に生じていない本件においては、たとえその帳簿書類の写しの交付を本件修正申告後に受け、それによって「当該事情が消滅した」すなわち帳簿書類の押収という事情が消滅したとしても、施行令六条一項三号にはあたらないのである。
四 原告の反論
被告は、施行令六条一項三号の解釈として、「帳簿書類の押収」が法定申告期限内に生じたものであることを必要とすると主張するが、同号にそのような制限は規定されておらず、同号の解釈としては、修正申告がなされた場合には、その修正申告にかかる課税標準等又は税額等についてのみ、「帳簿書類の押収その他やむを得ない事情により、……課税標準等又は税額等を計算することができなかった」か否かを判断すべきである。したがって、たとえ、帳簿書類の押収が法定申告期限内に生じていなかったとしても、修正申告前に生じていれば、施行令六条一項三号に該当するというべきである。
第三当裁判所の判断
一1 法二三条二項は、一項の例外として、法定申告期限から一年を経過した後であっても一定の事由が発生したときはなお更正の請求ができるとしており、その事由の一つとして、同条二項三号は「その他当該国税の法定申告期限後に生じた前二号に類する政令で定めるやむを得ない理由があるとき」と規定し、その理由が生じた日の翌日から起算して二月以内に更正の請求をすることができると規定している。そして、これを受けて、施行令六条一項柱書は「法第二十三条第二項第三号(更正の請求)に規定する政令で定めるやむを得ない理由は、次に掲げる理由とする。」と規定し、その三号は「帳簿書類の押収その他やむを得ない事情により、課税標準等又は税額等の計算の基礎となるべき帳簿書類その他の記録に基づいて国税の課税標準等又は税額等を計算することができなかった場合において、その後、当該事情が消滅したこと」と規定している。
そして、右にいう「帳簿書類の押収その他やむを得ない事情」は、修正申告がなされその修正申告にかかる課税標準等又は税額等につき更正の請求があった場合においても、その国税の法定申告期限前に生じていたことが必要であると解すべきであるから、これに反して、「帳簿書類の押収その他やむを得ない事情」が国税の法定申告期限後に生じていた場合には、たとえそれがその後になされた修正申告前に生じていたとしても、もはや施行令六条一項三号には該当しないものというべきである。
2 その理由は、次のとおりである。
(一) まず、法二三条一項の通常の場合において、すなわち、同条二項に規定する事由がない場合においては、たとえ、期限内申告後に修正申告がなされ、その後その修正申告書に記載された課税標準等又は税額等の計算に誤りがあって納付税額が過大であることを発見したとしても、修正申告又は右の発見が法定申告期限から一年以上を経過しているときは、もはやこの修正申告にかかる課税標準等又は税額等について更正の請求を適法にすることはできないのである。更正の請求はあくまでも法定申告期限から一年以内になされなければならず、修正申告書の提出から一年以内になせばよいのではないのである。もし、そのように解しないと、その申告時期に制限がなくしかもその申告義務もない修正申告さえすれば、それから一年以内に更正の請求をすることができることとなって、同条一項が更正の請求をなし得る期間を限定した趣旨が失われるのであり、また、そもそも、修正申告はその申告期限がなく申告義務もないのであるから十分に慎重にこれをなせばよいのである。もっとも、右のように解すると、修正申告にかかる課税標準等又は税額等について更正の請求をなし得る期間が大幅に制限され、法定申告期限から一年以内に修正申告がなされていてかつ更正の請求もその一年以内になされた場合に限って適法なものとなるが、それは、租税債務の早期確定・租税法律関係の安定という同条の趣旨からして、やむを得ないものというべきである(立法的解決が必要であるかどうかは、別問題である。)。
そうとすれば、これとの対比上、修正申告前にしかし法定申告期限後に「帳簿書類の押収その他やむを得ない事情」が発生した場合には、もはやその事情が消滅した後の更正の請求を適法とするのは妥当でないというべきである。もしこれを適法なものとすれば、「帳簿書類の押収その他やむを得ない事情」が発生した場合に、その後修正申告をしておけば、後に更正の請求をすることができることとなって、更正の請求をなし得る例外的な場合がかなり広くなり、また、帳簿書類の押収を受けた悪質な納税者がかえって更正の請求をすることができることとなって不当だからである。
(二) 一方、期限内申告をしただけでその後に修正申告をしていない場合には、期限内申告後に「帳簿書類の押収その他やむを得ない事情」が発生したとしても、期限内申告にかかる課税標準等又は税額等について更正の請求をすることができないことは明らかである。
そうとすれば、それとの対比上、「帳簿書類の押収その他やむを得ない事情」の発生後に修正申告をすれば、その修正申告にかかる課税標準等又は税額等についてその後に更正の請求をすることができるようになるというのも、妥当でない。
(三) 以上の検討によれば、施行令六条一項三号にいう「帳簿書類の押収その他やむを得ない事情」は、やはり、修正申告がなされている場合においては、その修正申告前に生じていただけでは足らず、その国税の法定申告期限前に生じていたことをも必要とすると解すべきである。
そのように解しても、修正申告をした納税者に特に不当ないし酷であるとは考えられない。なぜなら、修正申告は任意であって義務ではなく、納税者においてもし修正申告をしようとするのであれば、「帳簿書類の押収その他やむを得ない事情」があるときを避けてこれをすればよく、わざわざそのような事情があるときにする必要はなく、それにもかかわらずあえて何らかの理由により修正申告をしようというのであれば、もはやその修正申告にかかる課税標準等又は税額等については後に施行令六条一項三号を理由として更正の請求をすることはできないことを覚悟すべきだからである。
(四) 原告は、「もし右のように解釈するとすれば、帳簿書類の押収がなされた場合には納税者としては修正申告をすることを控えざるを得なくなり、いきおい税務署長による更正をまって、そして、これを争わざるを得なくなり、かえって租税債務の早期確定・租税法律関係の安定が損なわれる。」旨を主張するが、帳簿書類が押収された不確かなままで修正申告をしてその後に更正の請求をする方がより租税債務の早期確定・租税法律関係の安定を損なうものであろう。仮に、税務署長による更正に不利益が伴うとしても、それは、先の期限内申告において正しい申告をしなかったことによるものである(なお、法定申告期限内に確定申告をしない場合にはいわゆる無申告罪が成立するものである(所得税法二四一条、法人税法一六〇条、一六四条)。)。
二 これを本件についてみると、前記認定のとおり、原告が帳簿書類を押収されたのは本件事業年度の法人税の法定申告期限前ではなく期限後であるから、そうとすれば、たとえ本件修正申告前に押収がなされていたとしても、もはや施行令六条一項三号によって更正の請求をすることはできないものというべきである。原告の本件更正の請求を不適法として更正をすべき理由がないものとした本件通知処分は適法である。
三 よって、原告の本訴請求を棄却することとし、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法七条、民事訴訟法六一条を適用して、主文のとおり判決する。
(口頭弁論終結の日 平成一〇年一一月二七日)
(裁判長裁判官 原田敏章 裁判官 小宮山茂樹 裁判官 宮島文邦)